東日本大震災の記憶を未来へ伝えようと、仙台市の市民劇団が18日から、東京都目黒区のこまばアゴラ劇場で公演する。東京では10年ぶりといい、主宰者は、「時の経過で人の思いも変わる。被災地の心の変遷をみてもらえれば」と話している。
「おかえんなさい。よがったなあ、見つけてもらって」。棺だけが光に照らされた真っ暗な舞台で、ダウンジャケットにニット帽姿の男性が棺の窓を開け、話しかける。仙台で劇団を主宰する井伏(いぶし)銀太郎さん(63)が主演、脚本の「イーハトーヴの雪」の一幕。
岩手県釜石市で妹を捜す男性が避難所の遺体安置所を訪れ、遺体が妹でないことに安堵(あんど)しながらも、棺の女性がさみしくないよう話しかけ続ける物語だ。新聞記事や本を参考に、実際の出来事から想像を膨らませて脚本を書いた。
己の無力 思い知った演劇人
井伏さんは会社員として働く傍ら、俳優や脚本家として50年近く演劇を続けてきた。震災の日、トラックで仙台駅へ向かう途中だった。大きく、長く揺れ、駅前の建物から人がどっと飛び出してきた。
劇団員の中に津波で両親を亡くした人、自宅を流された人がいた。市内の劇場は多くが被災し、一部は避難所になった。井伏さんが稽古場にしている25席の小劇場だけが、大きな被害を免れた。「演劇にしかできない方法で震災を伝えよう」。有志7劇団で、震災を語り継ぐユニットを組んだ。
だが、簡単にはいかなかった。メンバーは沿岸部へ通い、泥かきを続けた。避難所で絵本を配り、読み聞かせもした。家族や友人の安否がわからない人の表情を見て、痛感した。「大災害を前に演劇人は無力だ」
10年経っても完全には復興しないかもしれない。一方、こうも思った。震災の劇をやるには心の回復を待つ必要がある。10年、そしてその後も演劇で震災に向き合えば、被災者の心に寄り添えるかもしれない。
■震災の物語つむぎ演じ続けた…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル